ライフハック心理学

心理ハック

「記憶を外部化すること」の心理学的な意味

Lifehacking.jpの堀さんとは、少なくとも週に1度、「ライフハックトーク」のために突っ込んだ会話を交わすのですが、今週は『記憶HACKS』のこともあって、記憶に話題が及びました。

心理学で「記憶」と言えば、「技術の記憶」とか「感覚記憶」のようなものも含むのですが、ビジネスの世界でいう記憶はおおかた「言語化しやすい記憶」に集中します。具体的にいうと

夕方5時から打ち合わせのために堀さんと有楽町のスタバで待ち合わせ

といったように、言葉で記述できる記憶になります。この、言葉で記述できる記憶は、よく2つに分けられます。次の通りです。

・短期記憶
・長期記憶

両者を厳密に区別するのは、本当は難しいのですが、イメージとして私はよく、トランプの神経衰弱を持ち出します。ゲーム中、どこに何のカードがあったかについて、あんなに真剣に覚えておくのに、ゲームが終わったら、その記憶はたちまち消失します。子供の頃、神経衰弱をやってご両親と遊んだ記憶はありますか? スペードのエースはどこにあったか、覚えていますか?

人間の脳は、とてもすばらしいのです。どんなに真剣に覚えておこうと思ったものでも、覚えておく意味がなくなれば、忘れます。これが、重要度と関係なく、何でもかんでも覚えているようでは、神経衰弱で遊んだカードの位置を全部記憶しているような、異常と判断せざるを得ないことになるのです。西暦999年9月9日が何曜日かといったことに答えられるのは、決してうらやむべき状態ではないわけです。

しかし、時に人は、西暦999年9月9日が何曜日かといったことに答えられる人を、うらやましがってしまう。なぜなら人間の脳は、長い進化の過程を経て、記憶の重要度を決めているのですが、残念ながらその判断基準が、常に適切とは言えません。英熟語を覚えることは、生存上それほど有意義だったわけではなく、意識的に苦労しなければ、自然と記憶には残らないのです。

こうした事情のために、私たち現代人は、どの短期記憶をあえて残しておくかについて、3つの戦略を使い分けるようになったのです。

長期記憶、暗記、メモ

この図において、「暗記の対象」(たとえば九九や元素記号表)も、「メモ」も、「長期記憶」の一種と考えてもいいのですが、少し細かく考えてみると、「長期記憶」は一般的には「自然淘汰」の結果に似ています。「保存するに値すると脳が判断したこと」(ショック、繰り返し、関係性の深いこと)が「長期記憶」として残るのです。

一方で、生存をこととする生物としての脳は、必ずしも重視しないけれど、人間社会で生きるには「長期記憶化した方がいいこと」もあります。英熟語などはその最たるものでしょう。no more thanが私の父の生存に、何らかの役に立った形跡はほとんどありませんが、父はいまだに覚えています。かつて覚えようとしたからです。こうして、「自然淘汰」では残らなかったはずの「長期記憶」が、「暗記」というやり方で可能になっています。人間の脳の大きな特徴でしょう。

さらにこの「暗記」の大きな特徴として、「正確さ」があります。私が4歳の頃、父方の実家に井戸があったことを覚えているのですが、その形状に関する記憶は、鮮明なわりに正確であるとは言えません。記憶内容は、思い出すたびに変化し、ゆがんでしまいます。エピソード記憶にはその傾向が強いとされます。いずれにせよ、3×4=12ほど、正確に保存されているとは思えません。暗記して覚えるべきはこのように、暗記する価値が社会的にほぼ明らかであり、やるからには正確を旨とし、しかしその量は厳しく制限されるべきなのです。

その結果、「メモ」というものの必要性が生じます。「自然淘汰」に任せては不正確だし、時に不便。しかし「暗記」は量的に制限される。それでも、「正確」に「覚えておきたいこと」はいくつか発生せざるを得ない。たとえば人との約束事など。

ならば、「記憶」としてとどめようとするより、「記憶を外部化」して「補完」しようということになるわけです。私が『記憶HACKS』で紹介したITツール群は、この発想の延長線上にあります。

ユビキタス・キャプチャの可能性

そして、堀さんが「こだわっている」という「ユビキタス・キャプチャ」は、とくに「自然淘汰」を補完する試みとみることもできます。やっていることは基本的に「メモ」なのですが、「できる限りなんでもメモする」ところが、普通の意味の「メモ」とは違います。なぜ、「できる限りなんでもメモする」のでしょう?

短期記憶が長期記憶化するかしないかは、脳に任せておく限り、脳が「重要である」と判断するかどうかによります。脳が「重要だ」と判断した内容が、「長期記憶化」されるのです。実は普通の意味での「メモ」もこれと同じです。「忘れてはいけない大切なことだ」と思うことを「メモする」のです。このメモの仕方は、確実性を高くしているだけで、基本的に「自然淘汰」と変わりません。私の脳が「重要だ」と思うから残す「長期記憶」と、私が「大事だ」と思うから残す「メモ」は、けっこう重なり合っているはずだからです。

しかし、堀さんの言う「ユビキタス・キャプチャ」は少し違います。「重要かどうかの判断は差し控えて、メモする」のです。その結果、「脳が重要でないと判断したが、その後重要だということが判明した」ことまで、拾うことが可能になります。そういう意味で「ユビキタス・キャプチャ」というライフハックは、意識的なありようを超えた結果を期待できる方法論、ということになるのです。

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