心理ハック
440 タスクシュートで仕事に取り組むイメージ

テクラボで大橋悦夫さんが、タスクシュートという時間管理ツールの概念と実際の使用事例について詳しく連載しています。
中でも私自身の感覚として、非常にフィットしたのが次のエントリです。まさにタスクシュートで仕事すると、こうした感覚を常に意識することができます。
そうすると、これ以前の感覚とはどうだったのか?
タスクシュートを今のように日々の仕事から外せなくなったのは、結構最近のことなのですが、それ以前はどうだったのか?
私にとって、これまで仕事にせよ勉強にせよ、「一人で立ち向かっている」という感覚の強いものでした。つまり、下のようなイメージだったということです。
べつに仕事がこのモンスターツリーみたいだったわけではありませんが、感覚的には直線というか階段を上っていって、最後にはRPGのボスキャラと対決する、というイメージが強かったと言えます。
それがタスクシュートを使うようになってから、「私」は「私たち」として意識されるようになりました。この差は何と言っても重要で、次の二つの感覚が同時に手に入ったのです。
・「私」は何人もいるのだから、今日のノルマを絶対視する理由はない
・「私」は「私たち」の一人だから、その一角を担う責任果たさなければならない
こうした感覚は以前には明らかに、全くなかったものです。明らかにこれはとらえ方の問題で、「私」が一人であることは今でも明らかです。それが今日、明日、明後日と仕事に取り組んでいくことに違いはないのです。
しかし、連日作業予定と作業実績を書き込んで行くにつれ、あてになる時間帯に、ムリのない量を割り振れば、「私」は存外信頼できるものだ、ということがまずわかりました。
それなら時間軸に沿って「私」は複数いると考えてもかまわないわけで、「私たち」が締め切りに間に合うように協力するなら、「私」が今やらなければならない義務は軽くなると同時に、その重くない義務を果たす限り、「私たち」全体の仕事は必ず完了する、ということも、常に意識できるようになったわけです。
この流れは、次のようにまとめられます。
- タスクは必ず微分する
- 微分されたタスクそれぞれに複数の「私」を割り当てる
- タスクの成果を積分する










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