心理ハック
257 2007-06-22(金) 今週の出来事

昨日、「第3回スピードハックス勉強会」というセミナーに、ゲスト講師のような格好でおじゃましてきました。
メイン・テーマは「ペア・スケジューリング」というものでした。詳しい説明は、以下を読んでいただければと思いますが、ようするに、他の人とペアで、自分の予定と実績を、共有するというアイデアを実行することです。
実践!シゴトハック:自分で立てた予定を守る(1)【解決編】
http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0706/08/news054.html
この話をセミナーですれば、おそらくは「自分の予定と実績(作業記録)を人に見せたくない」という当惑を訴えられるだろうな、と予想していました。少なからぬ反応は、やはりそうでした。
私自身がそうでしたが、自分の正直な予定と実績を他の人に知らせてしまうことは、「プライベートを失う」という不安を感じさせるのではないか、と思います。「自由が失われる」と言ってもよいでしょうか。
けれど、「ペア・スケジューリング」を実践しているうちに、さらに昨日、そのメリットについて一生懸命喋っているうちに、これは「自由を拡大する面も見逃せない」と思いました。
人には、行為者/観察者バイアスという偏見があります。この偏見を通すと、他人の行動を端から見たばあい、その行動は行為者の性格に起因しているように見え、一方自分の行動については、行動は事情に起因していると感じられるのです。
裁判における、検察官と弁護士の役割をイメージしてもらっても良いでしょう。検察官の役割は、「観察者」の偏見を持つことです。非常に簡単に言ってしまえば、犯罪を犯した被告人に対して、
「おまえは悪者だからそんなことをやったんだろう!事情はいろいろあるにせよ、同じ環境に置かれたとしても、おまえでない人間なら、そんなことはしないものだ!」
と言っているわけです。非常に簡略化していますが。
弁護士の言い分は、この反対です。弁護士は、「行為者バイアス」という偏見を強調するのです。
「私は確かに悪いことはしましたけれど、それは私の置かれた事情と環境によるものです。誰だって、私と同じような立場に立てば、私と同じ事をしたと思いますよ」
というわけです。ここで、弁護士が被告人の「自由を守るために」がんばっているのは、確かなところでしょう。検察は、可能な限り被告の自由を剥奪することを目指すわけですから。
つまり、「ペア・スケジューリング」でスケジュールをさらすということは、考えようによっては、自分に弁論の機会をもたらすとも思うのです。「この忙しさなら、納期に間にあわないとしても、仕方がないでしょう?」と。
これが、自分のスケジュールが基本的に丸秘であり、誰も私の予定と実績について何も知らないと、私以外の全ての人が、「検察官」になってしまって、「おまえが締め切りに間に合わなくなるのは、おまえが怠け者だからだ!同じ環境に置かれたって、おまえ以外なら誰だって、締め切りをキッチリ守るぞ!」と思われやすくなると思うのです。そしてそれに反論するすべが、何もないことになってしまうのです。








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