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189 小説の中の人間心理~天の邪鬼(あまのじゃく)~ Clip to Evernote

この心持を哲学は少しも認めてはいない。けれども、私は、自分の魂が生きているということと同じくらいに、天邪鬼が人間の心の原始的な衝動の一つであるということを確信している。してはいけないという、ただそれだけの理由で、自分が邪悪な、あるいは愚かな行為をしていることに、人はどんなにかしばしば気づいたことであろう。人は、掟を、単にそれが掟であると知っているだけのために、その最善の判断に逆らってまでも、その掟を破ろうとする永続的な性向を、持っていはしないだろうか?

ポー『黒猫』

ロシアのドストエフスキーと、アメリカのポー。文化的傾向も、気候などの環境も、ああも違っている両大国にあって、この二人は妙に似た「こだわり」を持っているようです。

上記のような「天の邪鬼」的心情は、大変子供っぽいものでありながら、たしかに哲学であれ、心理学であれ、あるいは経済学であれ、学術的に明らかに出来ているとは、言いがたいものです。

心理学で有名なのはなんと言ってもフロイトの、「快楽原理」。人は、快楽を求めて生きているのだけれど、社会情勢や、社会の「掟」がそれを許さないから、無理に抑え込もうとして云々…。けれども、苦痛を覚えることに好んで突き進むことがあるのが、人間です。苦痛に快楽があるのでしょう。しかし、苦痛のない快楽がありながら、わざわざ苦痛に進む理由を、「快楽原理」ではうまく説明できません。

一方で、行動主義は、アンチ・フロイトとして心理学のもう一方の柱となったわけですが、そこでは人は「エサ」を求めて「罰」を逃れようと努力する、だけの生物となっています。人が「罰」(苦痛)へ進むということをやるとなると、全然不十分な理屈になってしまうのです。

要するにフロイトといい、行動主義といい、人間をかなり合理的な存在とみなしているのですが、人間の不合理を考慮に入れなければならないと、両者の理論は屁理屈めいてしまいます。経済学は、「効用」(ユーティリティ)という言葉を使うことで、人間の「心理」を勘定に入れた「経済予測」を成立させようと試みていますが、その考え方もあまりに人間を、「合理的」(で計算高い)存在に見立てています。

しかし人間は、他人に「規定」されたり「予測可能」な存在とみなされることを、おそろしく嫌う生き物なのではないでしょうか。これはポー、並びにドストエフスキーのテーマそのものだと思いますが、これこそ教育関係者が苦労する、人間心理の特徴と思われます。

先生「先生の言うことを聞きなさい? その方が最後には、結局あなたのためになるのよ? 」
子供「ふん!」

人は、掟を、単にそれが掟であると知っているだけのために、その最善の判断に逆らってまでも、その掟を破ろうとする

黒猫/モルグ街の殺人
黒猫/モルグ街の殺人 ポー 小川 高義

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