心理ハック
181 心理ハック-自分を印象づける6つの方法-
『第1感』(M・グラッドウェル著、 沢田博・阿部尚美訳、光文社)や『人は見た目が9割』(竹内一郎著、新潮社)など、「見た目や第1印象で、人は判断されがちなのだ」といった本がよく読まれています。
一方で、「人を見た目で判断してはいけない」という箴言は昔から耳たこですし、「見た目で判断されるのかー困るなー」といった感想もよく耳にします。
もっとも私など、内々心、「見た目で判断されるのも困るけど、よくよく知られてからダメ出しされるのは、いっそう困る」などと情けないことも考えたりしますが。
とは言え、内々心では私と同じように感じている方も多いらしく、私がアメリカで心理学を学んできたと知るや、「人に好印象を簡単に与える方法って、ある?」と尋ねられたりします。そう尋ねられている私の、あなたに与えている印象とは? などと聞かれていることに答えられず、心がお留守になりがちなのが、私という人間なのですが。
先週のPsychology Todayに、「自分をに印象づける6つのシンプルな方法」という記事が載りました。
http://www.psychologytoday.com/articles/pto-20040713-000003.html
ここに、意訳して簡単にご紹介します。日米文化の差がありますから、いかにも「アメリカ向き」と思えるものは、スルーさせていただきます。
1,不安を丸出しにしない
これはそうですね。不安というものは伝播しますが、誰も不安になりたいとは思いません。できるだけ気分よくなりたいと、常時思っているのが人間です。したがって、
2,お日様のようなムードをフェイクする
嘘でもいいから、明るく振る舞いましょうということです。特に初対面では、鬱々としている様子を見せると、自分ではその日たまたま鬱々としているだけなのに、相手はいつもこの人鬱々なんだ、と判断しがち。
3,アイ・コンタクトは重要
「目は口ほどにものを言う」というわけですが、「目をそらす」のが問題だからといって、のぞき込むようにじとーっと見つめるのも、どうも怪しげなので、この辺は難しいですね。あんまり力を込めず、正対するのがいい、といったところでしょうか。
4,相手と同期する(調子を合わせる)
ここは、私自身の思い入れをやや込めた訳出です。これは、大切な点だと思います。人は、自分と似た波長の人を、やはり好むものです。それに、そうした人との方が、つきあいが長く続きます。
5,度を超さないようにしつつ、お世辞を振る舞う
「お世辞を言われて、悪い気はしない」と述べられています。まあ、そうですね。「たとえ分かっていても、やはりお世辞は気持ちがいい」と念押しもされています。褒めるのはなるべく、相手の業績や、達成した事柄について。何でもかんでも、誰でも彼でも褒めていては、お世辞の価値を損ないます。
6,失敗したら、やり直す
ユーモアのセンスを発揮して。しかしここは、スルーします。第1印象で悪印象を与えても、それをユーモアで挽回するなんてことが、とっさにできるようなら、そもそもこのような記事を読む必要は、ないでしょう。
180 中期記憶?
ミーティングなどの終了直後に、関係者の人と場所を変えて話し合いをしておくと、後々いくつものトラブルを未然に防ぐことができて、非常に気持ちがよいものです。
すでにこのブログで何度か紹介していますが、私は日経ビジネスオンラインで、大橋悦夫さんとコラムを共同執筆しております。その関係もあって、大橋さんとは時折、仕事のミーティングを持つのですが、ミーティング後にカフェでもう一度、大橋さんと会議の内容を確認し合うようにしています。そこでひと仕事を終えてしまうことも、あります。
このことのメリットは、2007年1月12日の日経ビジネスオンラインにあげてあります。
会社に戻る前に片付けてしまう
複数メンバーで打ち合わせのために客先を訪問した場合、終了後にそのまま帰社すると、各メンバーはそれぞれの仕事に散ってしまって連絡が取りづらくなるため、打ち合わせで決まったアクションが滞ってしまうことがあります。
このような場合、可能であれば打ち合わせ終了後に近くのカフェなどに立ち寄って、打ち合わせ内容の確認とすり合わせのためのミーティングを行うとよいでしょう。打ち合わせ直後であるため、記憶が鮮明ですし、
http://blog.nikkeibp.co.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/114374
以上は大橋さんパートからの引用です。この時の「記憶の流れ」を詳細に述べますと、
1,ミーティング中に、やらなければならない仕事の内容を打ち合わせ、確認する
2,ミーティング後、いったんその場所を離れるために、頭の中は別の刺激にさらされる(マクドナルドの「M」などが目に入ること。目に入ったものを認識したとき、私たちはすでに「記憶」を活用しています)
3,その後別の場所で、ミーティング中の内容を、「記憶」から再生する
この3の段階で行っていることは、「再生」とは認識されないでしょうが、「再生」です。こういうときには、「長期記憶」から「思い出している」などとはまったく自覚できないため、あたかもずっと「短期記憶」の領域に残っていたものに、ただ意識のスポットを当てているだけに思えるのですが、理屈から言うとそうではないでしょう。
たとえば、ミーティングの場所からカフェへと場所を変えると、変えるまでに10分程度の時間がかかります。この間ずっと、ミーティング中の記憶を保持しておくとは、考えにくいものです。また、カフェで注文をするために、短期記憶の領域は使われてしまいます。注文内容について「考える」と、ミーティング中の出来事などは、一時とは言え短期記憶が使うべき作業スペースから、追い出されてしまうでしょう。
このような、「ついほんの少し前」に「覚えた」内容を「再生」するとき、私はその記憶が、短期記憶ではないが、さりとて長期記憶とは感じられず、命名に困ります。一晩眠って、翌日にミーティング内容を思い出すとなれば、これは長期記憶です。それに対し、ミーティング中に、誰かの言ったことを一瞬把握できず、「スミマセンが、もう一度お願いできますか?」と尋ねたときには、短期記憶を使うでしょう。
しかしミーティングの15分後に、カフェでミーティングの内容を思い出すときに使うのは、長期記憶でしょうか? それとも短期記憶の、比較的寿命の長いバージョンなのでしょうか?
つい先ほど私は、R・D・フィールズの「記憶を固定する分子メカニズム」という記事を読みました。
それによると、「数分程度で消滅する短期記憶と、生涯にわたって保存される長期記憶を分ける鍵は、遺伝子が握っている」ということのようです。すなわち、「これは大事な情報だから、長期記憶に保存しておこう」ということを決めるのに、私たちの遺伝子が大きな役割を果たしているという意味です。
もしほんとうにそうならば、20分後のカフェで思い出せる(数分で消えてはいない)「長期記憶」は、思い出せるきっかけさえ与えられたなら、80年後にも思い出せる(生涯にわたって保存される)ということになるのでしょう。遺伝子がそのように保存してくれているのであれば。しかし私には、寝る前にミーティングについて電話がかかってくれば思い出せる内容と、一晩眠ってしまった後に、翌朝の電話で思い出せる内容とには、かなりの差があるように思えます。
そこでとりあえず、心理学ではとうてい許されそうもない造語ながら、私はこのような、短期記憶の定義には当てはまらないけれど、まるで短期記憶のように感じられる「長期記憶」を、「中期記憶」と名付けて扱うようにしています。定義はきわめて曖昧ながら、「その日のうちに起こった、一週間たったら思い出せないような詳細な内容まで、思い出せる時間帯についての記憶」です。
179 新連載・心理哲学談話-Mental Philosophy Logue-002
「決定論」と「虚無感」
先週、
考え方→脳→うつ病
となり、これが一番妥当な「病因」に思えます。そして、どういう「考え方」のせいで、大学時代の私は「うつ」になりえたというのか?
というテーマを来週中に、お話しします。
といったところまで、お話ししましたので、今日はその続きを。
私が「うつ」っぽくなってしまった基本的な考え方には、3つあります。
178 今週のまとめ
今週の佐々木正悟が発刊した記事です。
■NBO
2007年1月12日 短期記憶を最大限活用する
「あとでまとめておこう」と思って、「あと」がやってくると、あとかたもなく消え去ってしまうのが「短期記憶」の内容です。しかし、使いようによっては、これほど仕事に活用できる脳の領域は、ほかにないと言っていいほどです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20070104/116399/
2007年1月11日「思い出すきっかけ」すらない記憶について
以前、本コラムで「展望記憶の難しさ」というものについて述べたことがあります。「帰りに忘れずに牛乳買ってきてね」と言われても、忘れてしまいがちだという、未来行動に関する記憶力の弱さです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20061220/116032/
2007年1月10日 やりたいことと、やらせたいこと
ドナルド・A・ノーマンは、認知心理学の中でも、特にデザイン・インターフェースの草分け的存在です。彼は、誰も「正しい使い方」を思いつけないような、「たくさんのボタンがついた電話」などをやり玉に挙げ、道具を作る人が「想定する使い方」というものが、いかに最初の段階から間違っているかを分析しています。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20061220/116031/
2007年1月9日「考え続けているとひらめくことが多い」理由
『「超」整理法』で有名な、野口悠紀雄さんは著書の中で、「考え続けることが大事だ。考え続けていれば、答えがひらめく」という意味のことを、何度か述べています。本当だとすれば、それはなぜでしょうか?
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20061220/116030/
■ライフハックス心理学
2007-01-11(木) 小説の中の人間心理~近親に冷たく、他人に優しく~
http://www.month-psy.sakura.ne.jp/blog/2007/01/post_165.html
本コラムはちょっとした試みで、今後毎週木曜日あたりに、「小説の中の人間心理」とでもいうべきテーマで進めて参ります。これは、いわゆる「深層心理分析」とは違って、言うならば「表層心理分析」とでも呼ぶべきものです。
2007-01-10(水) 出版記念セミナーのお知らせ
定員オーバーの場合には、締切日前でも募集打ち切りとなるようですので、参加をお考えの方はお早めにお願いします。m(__)m
http://www.month-psy.sakura.ne.jp/blog/2007/01/post_164.html
2007-01-09(火) ツール紹介 PIXUS MP600
このプリンタはおすすめです。年賀状の季節は、過ぎ去ってしまいましたが。
http://www.month-psy.sakura.ne.jp/blog/2007/01/pixus_mp600.html
2007-01-08(月) ライフハックス(NBOトラックバック)
今は止めてしまいましたが、一時「関心空間」というウェブ2.0的サービスに、はまった時期がありました。
http://www.month-psy.sakura.ne.jp/blog/2007/01/post_163.html
■MPL 心理哲学談話-Mental Philosophy Logue-001
2007-01-06(土) 「考えること」から「うつ」になっていた時期
どういう「考え方」のせいで、大学時代の私は「うつ」になりえたというのか?
というテーマを、来週中にお話しする予定です。
http://d.hatena.ne.jp/syogo-psy/20070106
以上だと、思います。
それでは、よい週末をお過ごしください。
177 小説の中の人間心理~近親に冷たく、他人に優しく~
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ゴリオ爺さん バルザック Honor´e de Balzac 平岡 篤頼 by G-Tools |
彼女はしばしばこの情けない事件のことを話題にし、自分がひとを信用しすぎるからだと愚痴をこぼしたが、しかし彼女は、牝猫以上にも疑い深かったのである。ただ彼女は、身近の人間はやたらと疑うくせに、どこの誰ともわからない相手には気を許す多くの人たちに似ていた。
これは奇妙だが、実際に存在する精神現象で、その原因は、人問の心のなかに容易に発見することができる。もしかしたらある種の人間は、いっしょに暮している人たちからは、もはや何も得ることができないのかもしれない。(中略)・・・それにまた、生れつき打算的な連中もいて、友人とか近親とかには、まさにそうするべきであるがゆえに、何ひとつ尽してやらない。それでいて、見知らぬ人間には親切にしてやって、そこから自尊心の満足というのを手に入れるのだ。
バルザック(平岡篤頼・訳)『ゴリオ爺さん』(新潮文庫)
本コラムはちょっとした試みで、今後毎週木曜日あたりに、「小説の中の人間心理」とでもいうべきテーマで進めて参ります。これは、いわゆる「深層心理分析」とは違って、言うならば「表層心理分析」とでも呼ぶべきものです。つまり、あえてあれこれ考えずとも、書かれたとおりのことを読み取るだけで、立派に心理分析になるという、比較的気楽なものです(笑)。もちろん、「表層」に「ウラ」を読むこともできるでしょうが、本コラムの趣旨からして、それはしません。
というわけで、上記の一節ですが、言うまでもなく書かれているとおりです。バルザックですので、えらく辛辣ではありますが、たしかにこういう人も、いるわけです。「身近の人間はやたらと疑うくせに、どこの誰ともわからない相手には気を許す多くの人たち」。
「人に好かれたい」と思うなら、この逆をやるべきなのですが、それはなかなか難しい。私たちはついつい、自分をなかなか好いてくれなさそうな人の好意を得ることは、それが得がたいせいか価値あるコトと思い、自分に向かって好意全開の人の好意を、袖にしがちなところがある、ような気がします。
とは言え、女性に向かうストーカーのように、明らかにはた迷惑な「好意」というものもあるわけで、やっぱり難しい問題であることは間違いないでしょう。最低限ここから言えそうなことは、自尊心の損得勘定だけから人間関係を結ぼうとする人は、人に嫌われても仕方がないのではないか・・・といったところでしょうか。









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