心理ハック
1晩で2週間の休暇をとる
- 2010年01月15日 (金)
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こんなことを書くとは、私も疲れているのかもしれませんね。
『二週間の休暇』を読む
| 二週間の休暇 (MouRa) | |
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講談社 2007-10-26 売り上げランキング : 65593 おすすめ平均 |
この本は傑作です。いわゆる「不思議な話」をマンガとして描いたものですが、絵柄、雰囲気、メッセージとも、しっくり来るものです。
フジモトマサルさん独特の穏やかな絵柄に、穏やかな話。しかし、ぞっとさせられるところがたしかにあります。なんでもない小春日和の穏やかな昼下がりに、自分はすでに死後の世界をさまよっているのではないか、などと疑問に思ったことはありませんか?
きわめてまっとうな頭の持ち主なら、そんな疑問が頭をよぎることは、そうそうはないでしょう。しかし、二十年以上生きてきて、そんな疑問がよぎったことは、ただの1秒もないとしたら、あまりに頭がまっとうすぎます。そこまでまっとうな理性だけで生きていては疲れるものです。
本書はそんな疲れを癒してくれる本です。
忘却された世界、死後の世界

私たちは「大事なこと」を覚えていられるとは限りません。もちろん、大事なことをなるべく覚えておいて、そうでないことは別に忘れてもいい、と思ってはいますが、記憶も価値基準も生きている以上変化を余儀なくされます。
たとえば、大事な親友が亡くなってしまったというようなことは、覚えておきたいと思うし、忘れるはずがないと思うものです。その事実の重要性は、これからとるコピーの枚数は16枚だということとは、比べものにならないほど高いはずです。
しかし、人間の脳は無限のことを同時に覚えておけるわけではないので、コピーをとる枚数は16枚で、15枚ではなかったことをキチッと覚えておかなければならないとなると、意外と他のことは忘れてしまいます。そういう些末なことがどんどん頭に入ってくるうちに、覚えておくべき大事なことは何だったかを思い出すのも、困難になっていくのです。
生きていくことが大事なことなら、生きていくために仕事をするのも大事なことで、仕事でミスしないことも大事なことで、ミスしないためにコピーの枚数を覚えておくのも大事なことです。そうこうするうちに私たちは、いくつもの記憶を失い、新たな記憶を仕入れることになります。そうこうするうちに私たちは、「大事なことを置き忘れた」という状況を向かえるのです。
ここで発される問いはいつも同じです。「私はなぜここで、こんなことをやっているのだろう?」というものです。このまるで健忘症のような自問は、いわゆる「人生の意味」を問うものでしょう。
「私はなぜここで、こんなことをやっているのだろう」という問いを発した以上、それが真剣なものであれば、自身の記憶を辿るはずです。つまり「ここでこんなことをやっている」までに至った経緯を思い出そうとするはずです。するとそこで見つかるのが、「人生の意味」、あるいはせめて「ここでこんなことをやっていることの意味」ということになるでしょう。
『二週間の休暇』で描かれているのは、主人公が「ここでこんなことをやっている」ワケを思い出すまでの記憶の遍歴です。私たちはそんな主人公の思い出の旅を旅する様を眺めて、自分の思い出の旅も体験した気になれるから、不思議なものです。
▼心理ハック 『二週間の休暇』を読む









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