心理ハック
「あとはやるだけ」でもやれないときには?

- 2009年08月26日 (水)
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2009年8月24日の第1回メンタルハックセミナー@大手町と、2009年8月25日の第6回マインドハックセミナー@渋谷に参加いただいた皆様、お疲れ様でした。セミナーではそれぞれ、「やりたいことをいかにやるか?」というテーマと、「やる気を出すにはどうするか?」というテーマを扱いました。
先日Lifehacking.jpの堀さんと話し合ったことなのですが、GTDを導入しようと、効果的なライフハックを駆使しようと、どうしてもやれないことというのはある、という昔ながらの問題があります。次にやることを明らかにし、そのための時間も確保し、机も片付いていて、コーヒーも入れてあって、準備が万端になっていても、なお、「手をつける気になれない」ということは、残念ながらあり得る、ということです。
GTDの創始者、D・アレンはそのような問題は「システムの問題ではない」と言ったそうです。つまり「GTDに問題があるのではない」ということでしょう。それは、「向き合うことのできない、本人の(心の)問題だ」というわけです。では、「向き合うことのできない心の問題」とは、何でしょう? そもそも、「向き合うことができない」とはどういう意味でしょうか?
些細な問題から、深刻な問題まで
じつは、「向き合えない問題」には、かなり些細なものから深刻なものまで、様々あります。たとえば、ある種のいつまでもタスクリストに居座りがちな、「常連タスク」が問題だという場合、その人はただ、ちょっとした腰痛持ちで、長々とパソコンで仕事をしていると、腰が痛むのを恐れているだけかもしれません。ただそのことに自覚的でないために、対策が思いつかないだけかもしれません。
このような場合には、自分が「どうしてもやる気がしない」と決まり文句をつぶやくまさにその瞬間をとらえ、自分の言いたい本当の不平は何なのか、突き止めてしまうことが大事です。
この方法を心理療法に応用しようとした人が創始したのが、「ゲシュタルト療法」です。「内観」という言葉を心理療法的に用い、「自らの心身が発するどんな微弱なシグナルをも拾い出す」ことにつとめ、そのケアをすべてやってみる。そうすれば、心身に関わる多くの問題を解きほぐすことができる、というわけです。
注意深い人なら、この「ゲシュタルト療法」は、手軽なんだかシリアスなんだか曖昧だ、と考えるかもしれません。出だしは手軽ですが、思わぬ結果を招きかねない意味で深刻です。先の腰痛の男性にしても、それはちょっとした腰痛から、心の病に端を発する場合まで、非常に様々です。「問題」を深く探っていくうちに、とんでもない事実に「直面する」(おうおうにしてはなはだ不愉快な)ということはあるものです。
内観すること
ただ、ことの軽重はいずれであれ、「直面する」ということの多くが「内観」によってもたらされるのです。「向き合えない」ということは、「内観」を避けているとか、「内観」する時間がない、ことなどが原因であることがほとんどだからです。
精神分析を受けているわけではあるまいし、ライフハック程度で「内観」させられたり、「深刻な内面的問題に直面」させられてはたまったものではない、と思われるかもしれません。でもそれはとらえ方が逆だと思うのです。「深刻な内面的問題」を抱えているなら、あるいは少なくとも、さほど深刻でなくとも「内面的問題」があるのなら、それに向き合うきっかけが何かなど、問題ではないはずです。ライフハックで「気づく」のはありえないし残念だが、精神分析で「突き当たる」なら「考え直さねばならん」というのは、おかしいのです。
ただ、「突き当たった」として、そこから先は確かに「ライフハック」の範疇外に飛び出すかもしれません。それはD・アレンの言うとおりで、「システムの取り扱う問題ではない」わけです。ライフハックすれば済むような話でもないかもしれません。それでもライフハックがそのきっかけとなるのはいいことだと思いますし、それより手前の問題であれば、ライフハックで解決できることもよくあります。
とりあえずは、「向き合ってみて」からの話です。
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