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恥辱に満ちた記憶の粘着力が強い理由 Clip to Evernote

私ももう30半ばを超えたにもかかわらず、いまだに「恥辱に満ちた、あるいは屈辱的な記憶」というものに、少なからず動揺させられる自分を観察して、「ずいぶんとナイーブな」とあきれてしまいます。

ただ、このことは不可解なことだともよく思っていました。幼少期の頃の、「思い出すのも不快な」記憶をまだ保っているとは、どうしたことか。もちろん「記憶はウソをつく」実例からすると、「恥辱に満ちた記憶」が「正確」とも思えませんが、(おそらく大分歪曲されているでしょう)、まるまるアリもしない事実をでっち上げたとも思えません。そこまで「恥ずかしいこと」をわざわざこしらえるというのもどうだろう。

「人はそもそも自分に都合よく考えたがる」という、よく耳にする夏目漱石の主人公のような人間観は、それほど違和感を感じさせないものの、この点では引っかかります。私が自分のことを都合よく考えたがるのは当然として、そのわりに、「屈辱的な記憶」をいつまでも引きずるのは、どうしたことか。「思い出すのも不快な」記憶なら、さっさと消去するなり、抑圧するなりするのが、当然でしょう。その方が「快適に」過ごせるのは間違いありません。

脳がもしも自分に都合のよい記憶ばかりを残すように機能しているなら、すべての人は「子供の頃は最高だった!」と思うはずなのです。でも私は、そうは思っていません。どうも、幼稚園時代に戻りたいなどとは、決して思いません。中年の今は今で大変ですが、幼稚園時代よりははるかにましだという気がします。

それにあの「へこむ」という心理状態。あれにしても、事件が起こった直後からは、記憶の悪さです。「不快な記憶は、自我に快をもたらさないから、削除(抑圧)」という機能がちゃんと働いてくれれば、そうそう長々とへこんでいたりせずに済むはずです。それを半日ならまだしも、翌朝まで持ち越す。人によっては、一週間も。マゾヒズム、ということも考えられなくはないですが…。

今読んでいる『なぜ年をとると時間が経つのが速くなるのか』に、これに関する常識的な見解が述べられていました。以下引用します。

…記憶は、自己像と相容れないような出来事を補完するのがとくに得意だと考えた。そのような出来事は、自己像と現実があまりにかけ離れないようにしているのだ。その意味で、私たちの「最悪の罪」は目には見えない生産性を持っている。屈辱にも同じような生産性がある。(p67)

苦いですが…まあ、なるほどと思いました。自我の現実機能はやはり、私に快感をもたらすだけでなく、自己像と、現実の中の自己とのギャップを埋める必要もありますからね。

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