心理ハック
『妻を帽子とまちがえた男』
- 2009年03月12日 (木)
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| 妻を帽子とまちがえた男 (サックス・コレクション) | |
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Oliver Sacks 高見 幸郎 金沢 泰子
晶文社 1992-02 おすすめ平均 |
この本を読んだのは留学中だったのですが、たまたま、私が持っていた原著をアメリカ人の女性が見とがめて、
「そんなことって、あるわけ?」と、腹立たしそうに尋ねてきたのを今でも覚えています。
THE MAN WHO MISTOOK HIS WIFE FOR A HAT
なるほど。女性として腹を立てるのもムリはありませんが、私はその本を読んでいただけに、その中にはこれよりもはるかに奇怪で、ある意味ではぞっとするエピソードを多々読んでいただけに、「その程度のことは、当然あるだろう」と内心で即答したものでした。
実際、この本に出てくるエピソードは、妻を帽子と間違えるどころではありません。全24話。どれをとってもまるで、SFのショートショートを読むような感じです。そのリアルさと、心身に訴える不気味さと、医者が書いているという事実とが、読後にいっそう蠱惑的なインパクトを残します。
私が特に、この本を読んで以来意識するようになったのが、「当然の身体感覚もまた、脳の正常な機能に依存している」ということです。ご多分に漏れず私も思春期の頃、「感覚は主観的なもので、存在それ自体からして疑わしい」というニヒリスティックな不充足感に悩まされていました。しかしそれでも、「客観世界」の存在については猜疑の目を向けていたとしても、身体感覚については、十分な懐疑を抱いていなかった気がします。
明らかに、哲学的なニヒリズムからすれば、中途半端もいいところです。が、それでよかったのだという気もします。心の底から自分の身体感覚に疑いを抱くようなまねをしていたら、取り返しの付かないくらいややこしい目に遭っていなかったとも限りません。
本書『妻を帽子とまちがえた男』には、特にこの「当然正常な身体感覚」に何らかの変調を来してしまった、神経心理学的な障害の報告が、たくさん収録されています。文章がうまいせいもあって、とても引き込まれます。たとえば、本にすれば3ページほどの短いやりとりがあるのですが、その中の患者は、目が覚めてみると自分の下半身に死体から切断された誰かの足がくっつけられたといって騒ぎ出します。それが何かの悪ふざけで、くっつけられたと思い込んでしまうのです。しかし本書の書き手である医者から、それはあなたの足だと指摘されると、患者ははげしいショックを受けて反発し、とても受け入れられないのです。
「私の足ですって? 自分の足なら自分で分かるはずでしょう?」
「その通りです」私は答えた。「自分の足だということは当然わからなけりゃ。自分の足だということが分からない人がいるなんて考えられませんね。ふざけているのはあなたのほうだ、ということになりますよ」
「とんでもない。誓ってもいい、絶対ちがいます。誰だって自分自身のからだのことはわかりますよ、自分のか自分のでないかってことは。だけどこの足は、こいつときたら、へんなんです、おかしいんです、私の一部ではないように思えるんです」
「いいですか」と私はいった。「あなたは具合がよくないようだ。どうかベッドへもどってください。最後にもうひとつだけ聞きますよ。もしこれが、もしこの物が、あなたの左足ではないとしたら、あなたの左足は、いったいどこにいったのですか?」
これを聞くなり、彼はふたたび青ざめた。このまま気を失ってしまうのかと危ぶまれるほど青ざめた。「わかりません」と彼は言った。「ぜんぜんわからないんです。消えうせたんです、なくなったんです、どこにも見あたらないんです」
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