心理ハック
114 習慣形成と技術獲得
今日は、皆さんに少々お詫びしなければならないことがあります。
例のネズミのレバー倒しです。私は今日まで、ただ何となく、オペラント条件付けというものを、技術獲得とイコールのように見ていました。
つまりこうです。インド人を紹介する際によく、壺の中のガラガラヘビを笛の音で踊らせているシーンが現れますが、あれはほぼ間違いなく「オペランド条件付け」でしょう。同じ行動をとるたびに、ヘビはカエルにでもありつけるのでしょう。
ネズミはレバーを倒すたびにえさがもらえます。それで、ネズミはレバー倒しという行動を「学習」すると言います。学習といえば、それはつまり、「レバー倒し」という技術を習得するとも取れるわけです。
子供がうまくいくまで自転車に乗る練習をすることも、これと非常に似ています。この場合、「えさ」はなんでしょうか?親の褒め言葉や、自転車が徐々に乗れるようになっていく、達成感でしょう。そのような快感を「随伴」することで、自転車乗りという技術を習得していくわけです。
と、このように話を進めていって、何も問題がないようですが、そうではないことに今日気がつきました!(遅い)。
ピアノを毎日弾く習慣をつけることと、ピアノが弾けるようになることは違います。つまり、技術をマスターすることと、練習する習慣を身につけることが、イコールであるはずがありません。
このことは、学習消去という点について考えてみれば、いっそう明らかになります。ネズミがレバーを倒しても、えさが出ないようにしておくと、レバーを倒す習慣をなくしていきます。いつしかレバーを倒さなくなる。これが「消去」です。しかし、レバーを倒すという習慣を失っても、レバーの倒し方まで忘れてしまうわけではありません。
オペラント条件付けによって形成されるのは、習慣です。なるほど習慣によって新しい技術を獲得する可能性は高まりますが、習慣をつければ技術が獲得できるわけではありません。オペラント条件付けは、技術獲得の可能性を高めますし、能力を高める機会を増やしますが、能力を高めることそのものではありません。
レバー倒しはいざ知らず、毎日ピアノを弾く習慣とは言っても、ピアノを全く同じように弾く日はありません。毎日わずかにせよ、違った風に弾くでしょう。ピアノのひき方をマスターしていくのは、ほぼ間違いなく小脳の記憶能力です。しかし、習慣形成は小脳の記憶とは言い難いでしょう。
というのも、よく言われるように記憶を失っても技術の記憶は失われないのです。記憶喪失の患者さんも、歩くことや自転車に乗ることは忘れません。しかし、自分の習慣は忘れてしまうかもしれません。習慣は消去できますが、技術の記憶は消去されにくいのです。
そしてこのブログの基本的な目的は、「飽き」や「慣れ」のメカニズムを理解することによって、無気力から脱する方途を探ることにありました。
習慣という言葉は、非常に「慣れ」という言葉に意味は近いようですが、心理学的に考えてみますと、問題なのは報酬、「えさ」になれること、えさに飽きることです。レバー倒しに飽きることではないのです。
そして、オペラント条件付けにおいて、ネズミはレバーを倒す技術を「獲得する」とは考えにくいのですが、「ブランコに乗りこなす」のならばそれは一種の技術です。鳩が青信号をつつくのなら、それは技術とは言い難いようですが、鳩がピンポンをしてみせるとなれば、それは技術です。
ここでの問題はこうです。鳩やネズミは、技術獲得までえさに飽きてしまうことはないのか?人間が飽きることはあるか?あるとすれば人は、飽きやすいのか?
こういう視点を持って、オペラント条件付けに技術獲得と習慣形成を分離して分析していけば、少し面白い発見が得られるかもしれません。






