心理ハック
108 『影の現象学』(最終回)スターとトリックスター

河合隼雄氏の『影の現象学』を取り上げるのは、本日で終わりといたします。
さて、結局のところ「影」とはなんでしょうか?ユングの答えによれば、影とは「無意識の全体」です。この考えは、おそらく妥当なところでしょう。
無意識には、無意識の願望や、肉体から発する衝動など、現実、特に物質世界とは自我など及びもつかないほど、強力な結びつきを持っています。すなわち、無意識に近い生き方をしているほど、宝くじを当てたり、とんでもなく不思議な偶然の一致を見たりすることが、多くなるはずです。
こうした言い方は、オカルト的に聞こえて、不快になる方もいるかもしれません。それはその通りなのですが、ただし、パンの芳ばしい匂いをかいで、それを食べたくなるのも、そうした意味ではオカルトです。私達は、なぜ食べられる物や栄養になるものを、「おいしそうだ」と感じるのでしょうか?
ここで、脳がそういう方向に意識づけるから、というのは、説明になっていますが、結果を説明しているだけです。なぜ脳は、そういう方向付けをできるのでしょうか?それに対して今度は、科学は遺伝子で説明するかもしれません。長い長い時間をかけて、「栄養のある物」に敏感な生物が、生き延びられるようなシステムを作ってきたから、と。
そうして私達は、「方向性」を偶然に委ねざるを得なくなります。パンを芳ばしいと感じるのは、偶然の結果に近いのです。パンを芳ばしく感じる生物のみ、進化して生き延びられるように、神(のような強い「意識」を持った存在)が青写真を、あらかじめ描いていたのだ、と考えない限り、パンに意識が向かうのは、原因を探れば偶然です。偶然、パンに向かいたがる生物の方が生存に有利だったから、生き延びたのです。
無意識に近い生き方をしているほど、私達は「偶然」にも、好みの物を手に入れたり、どぶに落ちたりします。ふつうは、「注意して」いるから、どぶに落ちたりはしませんし、なかなか「宝くじ」に当たったりもしません。
美女・美少年・宝くじ・社会的地位・急騰する株価・人気、要するに「ニッチ」と呼ばれるものはなんであれそうですが、これらを「意識的」に手に入れるのは「非常に」難しいのです。「意識」は価値に向かうように「注意」を促します。1人の美女に一千人が群がれば、九九九人と競争しなければならないのです。一千人の男性が、一斉に同じ方向へと向くのは、一千人の前頭葉が、一斉に同じような作動を起こしているからに他なりません。
いわゆる「過当競争」に突入したとき、だれかが、「美女になんか群がるやつは、アホだよ」と「ブドウは酸っぱい」格言を持ち出すのも、当然です。このような「負けるが勝ち」「武士は喰わねど・・・」といった格言を広めておき、自分だけはちゃっかり「おいしいところ」を手に入れてとんずらしようという戦略を、試みる人も当然居るはずです。それらも「競争」の一環なのです。
このような「競争」は、自然と「影」を生むことになります。その影は殺し合いだったり、だましあいだったりするかもしれませんが、中に「トリックスター」が登場するでしょう。つまり「美女」の価値が判らない男が、美女の側にいたりするわけです。
この「美女」を「有名」と置き換えてみると、スターとトリックスターがいかに近い関係にあるか、わかるでしょう。「意識的」に人気者になるのは、「非常に」難しいのです。しかし、人気者の価値がわからぬものが、どぶにはまってみんなの人気を得てしまったとしたら、どうでしょう。そういう人はまた、どぶにはまることの「無価値」がよくわからないのです。だからどぶをよける「注意」力が弱いのです。
こうした人が、「期せずして」人気者になれるような「偶然」の幸運を、無意識につかんだとしても、不思議はありません。トリックスター的な要素を持つ人が一万人いれば、中の1人くらい、本当のスターになれる人が、きっといるはずです。河合隼雄は、私達の誰もがトリックスター的である、といっています。ならば日本には、潜在的なトリックスターが、一億人以上いることになります。
北海道日本ハムに、新庄剛という「大スター」の野球選手がいますが、私は昔から彼が、トリックスター=スターという典型に見えて仕方がありませんでした。彼はまるで幸運につきまとわれているように見えます。日本人大リーガーとして、初めてワールド・シリーズに出場した挙げ句、安打まで最初に飛ばした日本人は、イチローではなくて新庄でした。
運も実力のうち、とはよく言いますが、トリックスターにあってはむしろ、実力も運のうちのようですら、あります。「クイズ・ミリオネア」で、鉛筆を転がして一千万円を獲得した放映まで見ると、共時性(偶然の一致)というものを考えざるを得ません。新庄選手が、「注意深く」「意識的」に振る舞う様など、想像することも難しいでしょう。彼はまた非常にトリックスター的に、アクロバットを好みます。
無意識に近い生き方は、意図してやることのできないものです。ただ言えることは、偶然の一致に潜む「豊かさ」です。東京ディズニーランドの「カリブの海賊」には、黄金を前に骸骨が転がっています。それはやっぱり暗い海の底に沈んでいて、「生者」が手にすることのできないものなのです。「生者」が手にすることのできないものを手に入れたければ、「亡者」になるしかないかもしれません。








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