心理ハック
002 やる気の“出ない”デザイン
もうずいぶん以前から、ボタンの多すぎる機械、というモノの弊害が言われてきました。「何だ、簡単じゃないか・・・」のCMをみてもわかるように、身の回りにある「最新グッズ」の多くは、「簡単でない」のが当たり前のようです。
けれど、冷静になって振り返ってみると、問題は「ボタンの多さ」にあるのでは、ないように思えるのです。ボタンが多くても、それほど使いにくくない機械がある一方で、ボタンがそれほど多くないのに、どうしようもない機械もたくさんあります。
ボタンが多くても、私にはそれほど苦にならない装置の一つが、駅にある切符の自動販売機です。最近、あれもいろいろと苦情の的ですが、私が使用している限り、それほど使うのに困惑した覚えは、ありません。使う機会が少ない割には、間違わずに利用できている、と思います。
いっぽう、家にあるモノで、もっとも訳がわからないのが、腕時計です。ボタンは、4つしかついていないのですが、すでに時刻を合わせることも、鳴ってほしくない時間にいちいちアラームが鳴ることについても、あきらめています。おそらくもうすぐ捨てるでしょう。捨てられないのはただ、時間だけは正しく合っているからなのです。
少なく見積もっても、切符の自動販売機についているボタンの数は、20はあります。どう見ても家にある腕時計のボタンの数は、4つです。その4つのボタンの内、明らかに使用法がわかるのは、ライトアップだけです。時計の機能として、ライトップは決して最重要の機能ではないのですが。
「デザインの心理学」というと、妙に“哲学的”なことをのべたがる人が、少なくないようですが、基本的にはとても単純なことのはずです。ぐったり疲れているときには、フワフワの座りやすそうなイスと、ゴミ箱と、どちらに座る気がするか?ふつうはイスの方に「すわりたく」なるでしょう。「よいデザイン」というのはこのように、そのツールの果たすべき機能を、人間がやりたくなる、そういうものでしょう
不思議なことと言いますか、ボタンを見ると、人は「押したく」なるようです。ことに、子供はそうです。もしも大人が「ボタンを押す」ことに躊躇するとすれば、それは「ボタンを押した」結果を、自分で責任がとれないからです。私が会社勤めしていた時代、周囲には年配の同僚が多かったのですが、彼らの口癖は、「俺は、何もしてないぞ!」でした。
「何もしていない」のに、プリンタからは大量の紙が吐き出されてくる、大事なファイルは見つからない、パソコンがフリーズした。それだから、子供の頃には無邪気に「押す気」になっていた「ボタン」を見ても、大人になるとむしろ、「忌まわしい」感じすら、するのかも知れません。もしも「ボタン」が忌まわしいモノなら、パソコンなど、「呪わしい」モノでしょう。
第一に、大切なことはボタンであろうと、つまみであろうと、それをどう動かしたら、どのような結果になるかが、「事前にわかり」そして「すぐに結果がわかる」ようでなければなりません。だから、ラベルや説明の言葉がいるのです。それがないと、腕時計についていたボタンのようなことになります。
もちろん、はさみの柄の部分や、十時ねじの頭の刻み部分のように、見ただけでどうすればいいのかが、わかるのが理想的です。それがわからないから、「説明」が必要なのですが、わからない上に、説明がないと、「やる気」がなくなるのです。
この点について、身の回りを振り返ってみることは、おもしろいことかも知れません。どの程度、回りにあるモノのデザインのせいで、自分の、“あなたの”やる気が、損なわれているでしょう。






